写真と芸術
ある写真家が、このようなことを言っていました。
「写真は事実らしさを装うことで、いくらでも嘘がつける。」
また、
「文字でも写真でも真剣に伝達の記号として使うことを考えれば、使う人間自身の"メンタリティ"、"問題意識"、"世界認識"が問題になる。
シャッターをきる以前のこの3つが総合され、自己のすべてが写真にあらわれ、写真の質を決定するのだ」
・・・と。
これは芸術的なソファー ベッドをつくるインテリア業界の職人さんにも言えることなのではないでしょうか。
話は変わりますが、以前出講していた大学でのことがあります。
新学期が始まると、夏休みはいつからだろうかと指折りをし、その休みが終わるとまたかと重い腰を上げていました。
4月の新学期には入りきれないほど教室が狭いのです。
いや、学生が多すぎる、というべきかもしれません。
おそらく、文部省に届けてある定員数をかなり水増しをし、非常勤講師と呼ぶ人々に支えられている私学の現状か、と思うと口をパクパクやるのがうんざりします。
しかし、それはそれとして引き受けたのだから、相手がやる気のない学生であろうがしゃべることはしゃべらねばならないのです。